パ ッ シ ョ ン フ ル ー ツ(Passiflora edulis Sims.,P. edulis f. flavicarpa Deg. And hybrid between the two,トケイソウ科,ブラジル原産注 1)
パッションフルーツは我が国の無霜地帯で露地栽培 が可能であるが,その知名度は低く,栽培も少ない. パッションフルーツの生育に最適な地温は 20°Cで, 35°C以上では生育が抑制される(石畑・水野,1987; 石畑ら,1989a).花芽は新梢の頂部成長点近くの葉腋 に順次分化着生する(石畑,1995).宇都宮(1989) は花芽分化には昼 / 夜温が 23.5/16.1°Cが適してお り,高温では着花数が減少すると報告している.花 芽分化および発育の適温は 13 ~ 25°Cにあり(石畑, 1995),好適な温度条件下では花芽分化後 60 日程度で 開花に至る(石畑,1993).
わが国で栽培されているパッションフルーツにはム ラサキクダモノトケイソウ(ムラサキ系)とキイロク ダモノトケイソウ(キイロ系)および両者の交雑種が ある.一般的にキイロ系は他家受粉しないと結実しな いが,ムラサキ系と交雑種は自家,他家受粉で結実す る.パッションフルーツは虫媒花であるが,我が国で は受粉媒介昆虫が少ないために,放任状態では結果率 が非常に低い(石畑,1978;弥富・石崎,1958).ク ロマルハナバチでの受粉の結果率は 50%以上であっ たが,種子数が少なく,果実重が小さかった(水野 ら,2006;水野,2008).また,ミツバチによる受粉 でも結果率および果実重で人工受粉に及ばなかった
(深沢ら,2008).パッションフルーツは種子数が多い ほど果汁量が多い(石畑,1986)ことから,種子数が 多くなることが望ましい.しかし,人工受粉の結果率 は天候の影響を受けやすく,雨天日には非常に低くな る(石畑,1981).この原因は,雨天時には葯の裂開 が抑えられ,裂開しても花粉は飛散せず,雨水によっ て花粉が流失あるいは破裂するためである(石畑, 1993).比屋根ら(2010)は開花前の低日照で雌性器 官での同化産物の蓄積が減少し,胚のうの発育異常に より着果不良になると示唆している.近藤ら(2010b) も同様な報告を行っており,同化産物の低い花では花 粉管の伸長が途中で止まることを報告している.石畑
(1993)は,花柱の形態により接触型(正常花),接近 型および直立型の 3 花型に類別し,直立型では人工受 粉しても結果しない理由として,花柱部に花粉発芽抑 制物質を含むことが原因であろうと推察している.近
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藤ら(2010b)は蕾を異なるショ糖濃度液に挿して開 花させたところ,ショ糖濃度が 0%では直立型が増加 したことを報告している.また,Ishihata(1991)は 直立型花の花粉の発芽能力は接触型や接近型花の花粉 のものと変わらないことから,受粉に活用できること を明らかにしている.ハウス栽培のムラサキ系の自家 受粉の場合,曇雨天日には花粉管の伸長が抑制される
(松田ら,2007,2009b).また,他家受粉の場合,受 粉に用いる花粉により結果率の高いものがあり(松田 ら,2006),人工受粉に用いる花粉との親和性も検討 する必要がある.沖縄県での‘サマークィーン’のハ ウス栽培で,‘南十字星’や‘キングルビー’の花粉 を用いた受粉で曇雨天日でも安定した結果率を得てい る(松田ら,2009a).
パッションフルーツでは,雌蕊は分岐した 3 本の花 柱,3 心皮 1 室,側膜胎座からなっており,種子は果 実側面の 3 か所の胎座部に分配される.受粉柱頭本数 にかかわらず,何本の柱頭に受粉しても種子は均等に 分配される.このため,花粉を 3 本の柱頭のうち 2 本 あるいは 1 本に受粉しても結果率に差がなく(熊本・ 迫田,1991;石畑,1986,1993),受粉により種子数 が多くなると果実品質は向上する(石畑ら,1984).
花粉の発芽能力は受精にとって重要である.パッ ションフルーツの花粉発芽培地として,寒天 2%と ショ糖 30%の他に,ホウ酸 200 ~ 300ppm,硝酸カ ルシウム 0.1%を含む人工培地に柱頭圧搾汁を塗布す ることで花粉発芽が促進され,花粉発芽適温は 25 ~ 30°Cの範囲にある(Ishihata, 1991)との報告がある. 水野ら(2010)は人工培地に雌蕊抽出液やアミノ酢酸, ステロイド,デンプン等を添加することで安定した花 粉発芽がみられないかを検討したが,雌蕊抽出液の添 加が最も効果的であったと報告している.葯から分離 し 5°Cで貯蔵した花粉は,9 日間は高い発芽能力を有 し,人工受粉に使用することが可能であるが,乾燥条 件下では発芽力が低下する(松田ら,2009b).パッショ ンフルーツでは開花期間中の昼 / 夜温が 30/25°Cの高 温条件下では落花が多くなる(石畑,1983).これは, 高温下で花器形成が急速に行われることにより胚珠の 受精能力が低下することが原因と思われる(宇都宮, 1993).
花粉は受粉後 1 時間以内に柱頭上で発芽し,花粉管 は受粉後 6 時間で子房内へ伸長し,18 時間後に受精 が完了する(石畑ら,1987).石畑(1993)によると, 果実は S 型成長曲線を描いて肥大するが,果実径は 開花後 21 日目頃まで急激に増加する.しかし,果実 重は開花後 49 日目に最大となる.果汁を蓄積する仮 種皮は開花後 28 日目頃まで急速に成長する.したがっ て,果実の肥大および果汁の蓄積にとって,開花後 4 週間までの管理が重要である(石畑,1995).
パッションフルーツの果実肥大および果汁量が最
も優れる昼夜温は 28/23°Cで,33/28°Cでは劣るが, 果実の成熟に要する期間は高温ほど短くなり,低温 ほど果汁中の糖と酸含量が高くなる(Utsunomiya, 1992a,1992b).また,夜温 30°Cでは果皮中のアント シアニン形成が阻害され(宇都宮ら,2005),果皮の 着色が進まないうちに落果する(米本,2008).神田 ら(2010)は千葉県での露地栽培で,12 月に自然落 果しない果実を収穫して 20 ~ 25°Cで 10 日間貯蔵す ることで果皮の赤色が増加すると報告している.加藤 ら(2006)は果皮中のアントシアニン含量は,土耕栽 培に比べ養液・電照栽培で約 2.5 倍多くなり,冬果で 夏果の約1.6倍になると報告している.後藤ら(2004) は養液栽培における培地組成が収量と果実品質に影響 すると報告している.また,収穫後に着色不良果実に 光を照射することでも着色が進む(鹿児島県農産物加 工研究指導センター,2006).
生食に用いられる場合には高い酸含量が消費の障害 となることから,酸含量の低い果実が望まれる.キイ ロ系に比べてムラサキ系の方が酸含量は低く,両者の 交雑種である‘サマークィーン’は酸含量が低いとい われるが,冬果では収穫時の酸含量が 3%以上である. 果実生育期間の高温と十分な土壌水分(Macha et al., 2006b)および高夜温(Kozai et al., 2007)が酸含量を 少なくする.夏季に果実が生育して収穫される千葉県 南部での夏期栽培では酸含量の低い果実が収穫され
(椎木ら,2008),葉果比を高くすると大果で高糖度で 酸含量の低い果実が生産できる(近藤ら,2008)とし ている.さらに,近藤ら(2010a)は硝酸態窒素を多 く与えると果汁中の酸含量の増加を招くことを報告し ている.石本ら(2007)は,酸性インベルターゼが果 実内でのショ糖の分解に関与し,NADP 依存性イソ クエン酸脱水素酵素がクエン酸の分解に関与し,冬果 ではクエン酸合成酵素活性が高いことで減酸速度が遅 いと考察している.Shiomi et al.(1996)は果実生育 期間中の果汁中糖および酸含量の変動を調査し,開花 後 70 日目以後の果実では正常なクライマクテリック ライズとエチレン生成のピークが見られたと報告して いる.楊ら(2010)もクライマクテリックライズ現象 を認めており,10°C貯蔵ではエチレン生成が抑制され ることを報告している. Yonemoto et al.(2004)は収 穫後の果汁中の酸含量は,15°C以上の気温および酸素 を補填する貯蔵で急激に低下すると報告している.低 温期収穫の果実では収穫後に 30°Cで 5 日間の高温処 理が減酸に有効である(鹿児島県農産物加工研究指導 センター,2006)との報告もある.パッションフルー ツの減酸にはエチレンが強く関与し,成熟によりエチ レン生成が始まるとともにクエン酸が代謝されて減酸 が進行する(久保ら,2006),このため,樹上にある 果実にエスレル処理することで,収穫までの期間を短 縮し,減酸速度を促進させることが可能である(石本
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ら,2006). 栗田(1967)はムラサキ系パッションフルーツの子
葉,葉軸,葉,茎および果皮の気孔の有無,配列およ び分布密度を調査し,分布密度は葉身,子葉下面,同 上面,1 年生茎,幼軸,茎巻ひげ,外果皮,葉柄の順 に小さくなり, 1mm2 当たりの気候の数は葉身で 352 個,葉柄で 15 個である.
キイロクダモノトケイソウは塩蓄積に適応すること ができる作用機作をもつことで,強い耐塩性を示す
(Utsunomiya and Shigenaga, 1988).しかし,近藤・ 樋口(2007)はアンモニア態窒素または硝酸態窒素の 100mM の濃度での施肥で障害が発生したが,同じ濃 度でも両者をバランス良く配合すれば障害は発生しな かったと報告している.近藤ら(2009)は,アンモニ ア態窒素の単体施用で着花数が多くなるが,ネクロシ スの発生により物質生産量が低下し,反対に硝酸態窒 素の比率が高いと光合成速度は高まるが着花数が減少 すると報告している.宇都宮ら(1998)はムラサキク ダモノトケイソウで窒素量が十分な条件下において, キトサンオリゴ糖を主成分とする土壌改良材を施用す ればより安定的な果実生産が行えると報告している. 一方,養液土耕栽培の場合,溶液の適正な濃度は EC 1.0 ~ 2.0 dS・m-1 の範囲である(中川路ら,2005).上田 ら(2011)は‘ルビースター’で EC が 10 dS・m-1 以 上の NaCl 水溶液での塩ストレスで養水分の吸収,光 合成速度の低下がみられたと報告している.
パッションフルーツは長日植物で,我が国では 5 月 中旬は開花数が最も多い時期である(石畑,1981;片 山ら,1959).鹿児島県での開花は 4 月下旬から 6 月 上旬(前期)と 9 月下旬から 10 月中旬(後期)の年 2 回で.収穫時期から前者を夏果,後者を冬果と呼ん でいる(石畑,1981;石畑ら,1989b).前期の初期 に開花する花は稔性が高いが,その後に発生する花蕾 は気温が高いために開花に至らないまま落花する(石 畑,1981;石畑ら,1984).沖縄県では,高温期の 5 月上旬から 12 月までは開花がみられなかった(松田 ら,2005a).そこで,細霧冷房と遮光により気温およ び葉温を下げることで,夏季の高温時に開花結実させ ることも検討されている(野間ら,2005).
一方,鹿児島県では冬果は完熟する前に低温に遭遇 し収穫できなくなる(石畑,1981;石畑ら,1989b). しかし,加温栽培では冬季の収穫が可能であるため, 短日下では夜間電照栽培で花芽分化を促進させてい る.このように,夏果では電照により開花開始を早め て結果率の高い時期に開花させ,冬果では開花期間を 延長して開花数を増やすことで増収させることが可能 である(後藤ら,2005;後藤,2006).野間ら(2004a, 2004b)は高輝度発光ダイオード(LED)を用いて, 赤色光(660nm)および赤色光と近赤外光の混合
(660nm + 700nm)の照射で開花期が早まったと報告
している.福家ら(2005)も LED がもつ 660nm の赤 色波長域が生育と花芽形成を促進したと報告してお り,宮里ら(2005)は全波長域を含む白熱電球で最も 早く花芽分化し,光強度が高いほど花芽分化が促進さ れたと報告している.松田ら(2010)は,沖縄県での 電照は自然日長が 12 時間以下となる 10 月から 2 月ま での期間に行うのが有効で,電照照度は 20lux 以上, 電照期間は 50 日以上,日長時間は 12 時間以上が効果 的と報告している.
仕立て法については棚仕立て法(東京都小笠原亜熱 帯農業センター,2003),吊り下げ型整枝法(松田ら, 2006)がある.稲森ら(1997)はアーチパイプ仕立 て,T 字仕立て,垣根仕立て,平棚仕立ての収量と果 実品質の比較を行い,アーチパイプ仕立て法が最良と している.パッションフルーツでは立枯病が発生しや すく,1 株が被害を受けると大きく収量が減少する. そこで稲森・立田(2000)は現行の 3 倍程度の密植栽 培を行い 2 年間の収穫後に早期改植することで収量増 加が可能であると報告している.養液電照栽培では T 字型整枝とつり下げ型垣根整枝で収量が多く,作業性 も良い(東ら,2005).
収穫後に枝の繁茂防止を兼ねて側枝の切り返し剪定 が行われるが,この際に全側枝を切除するとその後に 発生する着花数が減少する(松田ら,2005c).また, 電照栽培での整枝では,電照開始後に実施すること, および,切除程度は少ない程花芽の着生に有効である
(松田ら,2005b,2008). パッションフルーツは熟期に落果する果実を袋や
ネットで受け止めて収穫する.90cm 以上の高さから 地面に落果すると,落果の衝撃により果実内でジュー スサック(仮種皮)から果汁が漏出してその後の酸の 低下が進まず,果実品質が低下する(雨宮ら,2006, 2007).果実は収穫後数日で萎凋が始まり,外観が悪 くなる.この萎凋の原因は果梗部からの水分蒸発であ り,収穫直後に果実果梗部にシールを塗布すると,常 温で 10 日程度の鮮度を保持することができる(石畑, 1984).藤川ら(1999,2001)は,萎凋果では果皮の ワックス層のはく離や気孔部の崩壊が激しいことを観 察し,収穫前にパラフィン系果面被膜剤を果実に散布 し,収穫後の果梗部にシールを塗布することで,収穫 後の果実の萎凋をさらに 5 日間延長できると報告して いる.また,簡便な湿度保持方法としてポリ袋の使用 も可能である(松田ら,2004).
パッションフッルーツには特色ある芳香成分が含ま れており(門田・中村,1972),果汁中には 2 種類の タンパク分解酵素が含まれている(橋永ら,1978)こ とが明らかにされている.‘サマークィーン’果汁中 の主カロテノイドは,黄色系パッションフルーツの主 カロテノイドとされるζカロテンおよびこれに類似す る直鎖の炭化水素カロテノイドと推定されている(加
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藤ら,2005).加藤ら(2006)は種子中に 5 種類の脂 肪酸があり,リノール酸が全脂肪酸の 50%を占める と報告している.
神崎ら(2005)は AFLP による多型分析結果から, ムラサキクダモノトケイソウでは純系で遺伝的変異が 起こりにくく,品種改良にはキイロ系との交雑種を利 用した育種を考えるべきとしている.
金子ら(1999)は幼胚軸から多芽体形成,多芽体 からのシュート誘導方法を明らかにしており,植木 ら(2002)は In vitro での個体再生の可能性を検討 し,カルス形成からシュートの形成に成功しており, In vitro での節間組織からカルスを誘導し,そこから シュートを形成している(植木ら,2003).
1999 年以降,沖縄県と東京都八丈島において樹 全体が萎凋枯死する病害が発生し,パッションフ ルーツ萎凋病と命名された.この病原菌は Fusarium striatum Sherb. と Haematonectria ipomoeae(Halst.) Samuels & Nirenberg と同定された(廣岡ら,2003). 果実が腐敗し,早期に落果する病害には Botrytis cinerea によるパッションフルーツ灰色カビ病と, Sclerotinia sclerotiorum によるパッションフルーツ菌 核病がある(鍵渡,1990).沖縄で見られる立ち枯れ 症状を引き起こす病原菌については,高江洲ら(2004) が 疫 病 菌(Phytophthora parasitica) お よ び 萎 凋 病 菌
(H. ipomoeae)の 2 種であるとし,これらに抵抗性を 示す台木として黄色系を選抜している.ウイルス病も 甚大な被害をもたらすので,ウイルスフリー苗木の生 産が望まれる.橋本ら(2007)は成長点培養法による ウイルスフリー苗木の大量増殖が可能であるとしてい る.松尾ら(2004)は奄美大島でパッションフルーツ ウッディネス病の発生生態について明らかにしてい る.
石畑(1996,1997a,1997b,2000a),大東(1996, 1997), 長 島(1997), 河 崎(2000), 川 村(2000), 東京都小笠原亜熱帯農業センター(2003),沖縄県 農林水産部(2003),米本(2009)が栽培技術の基礎 について記述している.なお,石畑(1995)はパッ ションフルーツの花器および果実の発育に関する研究 で日本熱帯農業学会賞学術賞を受けている.また, Nakasone and Paull(1998)は,パッションフルーツ の栽培に関する多くの情報を提供している.
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